Do you know?

朝の6時半。
カレンダーを見上げて、くるくる気合いを入れて描いた花丸を見てから、早朝なのにも関 わらずテンション高く妖一に聞いた。にこにこ笑顔で。
「ねぇ、今日何の日だっけ?」
「シラネ」
 いともたやすく一蹴ですか。さっくりと。しかも即答で。考えるとかいう動作は微塵もなく、視線は履いている靴に向けられたまま。もう溜め息を吐くなと言う方がおかしいくらいの反応に朝から落胆して、がっくり肩を落とした。
だって!カレンダーにしっかり印付けるくらい楽しみにしてたのに!
と叫んでみたところで、この人がそんなものを仮に覚えていたとしても口に出して言う筈がなく、ましてや何かをしてくれるなんて期待をする方が間違っている訳で、そこまで分かっている癖に期待してしまった自分に今度は溜め息を吐いた。
はぁー。
「朝っぱらから辛気臭ぇな。もう更年期か」
「違います!」
顔を覗き込む様にしてデリカシーの欠片もない台詞を吐いた妖一を睨む。そんなものは意も返さずにさっさと靴を履き終えて。
「行ってくる」
「…いってらっしゃい!」
睨みつけたままぐいっと鞄を押し付けた。何よ!期待はしてなかったとはいえいくらなんでも素っ気なさ過ぎる!
「…朝からおっかねえな。皺増えんぞ」
「増えません!早く行ってらっしゃい!」
「追い出す気かよ」
 面食らった様な顔してまたもや失礼極まりない事をさらりと言ってのけた妖一の背中をぐいぐい押した。半分諦めていたけれど、半分期待していたものだから中途半端に怒りが治まらない。無理矢理家から押し出された妖一が、外に出た途端突然振り向いたもんだから驚いてびくりと後ずさる。
だって例の悪魔的な笑顔。
「あー言うつもりはなかったがうっかり追い出されそうなんでなぁ。よーく聞いとけよ糞女房」
「な、なによ」
「午前中は出かけんじゃねーぞ」
今度は私が面食らう番だった。
「はい?」
「じゃあな」
「え、ちょっと!」
 それ以上話す気はない様で、返事の代わりにバタンとドアを閉めてさっさと出かけてしまった。まるで意味が分からない。なんなのよ、全く。 午前中に買い物済ませようと思ったのに。今日安売りの日だし。 まるで納得がいかないままキッチンに向かって荒々しく食器を洗う。 腹の虫は治まるばかりか苛立つばかりで。

 朝の言葉の意味もわからないままイライラを抱えて今日は一日を終えるのかしらと思っていたら、結局朝の言葉の意味は11時頃にやってきた配送さんが持って来た。小脇に抱える程の段ボール箱に貼られた伝票には、特徴しかない鋭角的な文字。ご丁寧に午前指定で。印鑑を捺して慌ててキッチンのテーブルの上で箱を開ければ、濃紺のベルベット地の平たい箱と、その上に乗った薄い封筒。
必死になって箱と封筒を開けて、固まった。
 中身は深い海を思わせるブルーサファイアのネックレスと、この間テレビで見たホテルの最上階にあるレストランの招待券。そういえばこの時食い付く様にテレビ見てたっけ。私。届いた物と伝票の文字を交互に見ているうちに、腹の虫はすっかり治まって代わりに笑みが支配する。そんな様子を分かりきったかの様に届いた一通のメール。 送信者は見なくても分かる。

『今日現地集合』

現地まで自力で来させる辺り非常に彼らしいけども、せめて句読点くらい使ってくれないかしら。そうは思ってもやっぱり嬉しくて、緩みっ放しの頬をそのままに鼻歌交じりに掃除機を手に取った。

今日は初めての結婚記念日。