a long strip of paper

 梅雨ももうじき明けようかというこの時期、じめじめとした湿気が昼夜を問わず外気を蝕む。メシより先にシャワーを浴びてぇなどと一人ゴチながら、俺は玄関灯に照らされた自宅のドアに鍵を捻じ込む。
「ただいま」
いつもなら耳聡く鍵を開ている音に気がついて、玄関に飛んでくる糞女の姿が今日に限って見当たらねぇ。漂う晩飯の匂い。室内を照らす蛍光灯。家にいんのは間違いねぇな。あー何してやがんだアイツは?
「おい、いるのか?」
そう声をかけながらリビングに向かうと、探していた糞女がベランダから慌てて声を発する。
「あ!おかえりなさい!」
「何してやがんだ、テメェは」
「短冊飾ってたの!」
短冊?あぁ今日は七夕か。
ご飯の用意するね!
そういいながら糞女が部屋に上がる。
「…相変わらず行事なんてーもんがお好きな様でゴザイマスネ」
思わず溜息混じりに一言。
「もーいいでしょー!せっかく年に一回しかない行事なんだから楽しんでも!」
まぁそりゃ結構なんですが。言いながらソファーに鞄と上着を放る。それより紙切れ掴みながら突き出したその手はなんだ、その手は。
「だから妖一も書こうよ」
「…書くかバーカ」
「バカは余計よ!」
もう!とかなんとか言いながら頬を膨らませて、シンクの前に立った糞女…まもりを一瞥して、ベランダに降り立ってみる。…いつの間に用意しやがったんだ、こんな笹。
「よくもまぁ一人でこんだけ短冊飾ったもんだ」
呆れながら何を書いたのかとまじまじと几帳面な字で丁寧に書かれたそれらを見遣る。
『誰も怪我なく過ごせます様に』
『妖一が愛の言葉の一つでも吐きます様に』
『食べきれない程のシュークリームが欲しいです』

……
………なんだこりゃ。
これじゃ神社の願掛けかサンタに物強請ってる様にしかみえねぇぞ。しかも二番目のは明らかに俺に対する嫌がらせだ。ンな事しようモンなら俺は即病院行きだろが。天の川を何だと思ってやがんだあの女?
「テメェな…」
呆れ過ぎて言葉が続かねぇぞ、オイ。
「ん?なにー?」
「天の川は神社でもサンタでもねぇぞ」
「え!?ちょっと見たの!?」
「おー見たぞー。食べきれねぇ程のシュークリームで俺を殺す気でラッシャイマスカ?」
「もう!勝手に見ないでよ!」
おたまを握りながら顔を赤くしている。モップの次はおたまが武器かよ。全く頭は悪かねぇハズなんだがなー?
「ご飯できたから!早く入ってよ!」
照れとも怒りともつかねぇ顔しながら俺を呼ぶ。ケタケタ笑いながら部屋に入ろうとした時、チラッと一枚の短冊が目に入った。
『早く子供を授かります様に』
一瞬固まった。知らず知らず口角が上がる。
「おい、まもり」
「何よ!」
まだふてくされてやがんのか。ったくしょうがねぇなぁ。
「コイツも頼む相手が違うだろ?」
ニヤニヤ笑いながらそう言ってさっきの短冊をアイツに見せた。
「あ…っ!」
 顔がどんどん赤くなっていく。相変わらず面白れぇ女だ。たまにはこういう行事も悪かねぇな。柄にもねぇ事を考えながら今度こそ部屋に上がる。来年は3人で天の川を拝めるようにメシ食ってシャワー浴びたら改めて頂くとしますか。ケケケ。
※2007年七夕