俺は誰だ

カチコチカチコチ。

…あー今何時だ?部屋が暗くて時間がわからん。

カチコチカチコチ。

…音だけじゃさすがに時間わかんねぇか。

カチコチカチコチ

……だるい。時計を見る気にもケータイに手ぇ伸ばす気にもなんねぇ。ちなみに脳味噌使う気さえ起きねぇ。倦怠感。寒気。関節の痛み。あぁ完全に風邪じゃねぇか糞。微妙に腹減ってきた喉も渇いた思えば朝からなんも食ってねぇ様な食った様な
…これじゃまるで老人か。
あーでも起きる気がしねぇ。いいか。寝るか。
 朦朧とする意識の中で呆然と馬鹿げた事を考えた挙句思考を放棄しようとした時。幸い詰まってなかった鼻が食い物の匂いを嗅ぎとった。外からの匂いじゃねぇな。間違いなく。窓もドアもカーテンも閉め切りじゃあ匂いは愚か周りの様子さえわかんねぇ。とすると匂いの原因はドアの向こう。そこにあるのは台所。
んな馬鹿な。俺は一人暮らしだし、だからって家政婦なんざ雇っちゃいねぇし、家知ってる野郎なんか3人程度っつーか3人だけだし、ましてや家の中に勝手に上がれる奴なんて…
あぁ、いたな、一人だけ。

パタパタパタ。

スリッパの音がしてゆっくりドアが開いた。なんてタイミングがいいんだか。
「ヒル魔くーん、具合どう?」
あぁ頭痛くなったぞ。たった今。手にはお盆に乗せた卵粥とミネラルウォーター。
「…なんでテメェがここにいんだ」
 だるい体に鞭打ってご親切に聞いてやる。そしたら糞マネは心底心外だという顔をした。どうせ付き合ってるんだからとかなんとか言うつもりなんだろ。くだらねえ。だが、糞マネから飛び出した一言は、俺の予想を裏切った。思いっきり。
「ちょっと…自分で呼び出しといてそういうこと言う…?」
あ?今なんつった?
「呼び出した?俺が?お前を?」
んな馬鹿な。
「ちょっと!覚えてないの!?1時間前に腹が減って喉渇いたから部活自主錬にさせてとっとと家に来いって、一方的に呼び出したじゃない!」
 しかも言うだけ言って切ったらしい。確かに俺らしいな。だが、まるで覚えちゃいねえ。あぁ本気で頭痛がしてきやがった。動く気は未だにまるで起きねぇが、自分で確認しねぇと気が済まねえ。無理矢理寝返りを打って枕元に放ってあったケータイに手を伸ばす。

ピッピッピッ

発信履歴

17:42 姉崎まもり



18:55。

あぁ、マジか。マジでかけてやがったか、俺。余りの俺の暴挙で目の前が真っ暗になりかけた。
「…余程具合悪かったのね。ヒル魔君が自分の行動覚えてないなんて」
そういうと半分呆れた様にサイドボードにお盆を置いた。あぁ、今日の俺はどっかイカれてやがるらしい。こうなったらとことんイカれる事にする。
「卵粥。食べるでしょ?起きられる?」
んな気力もねぇよ。
「起きれねぇから起こせ」
「な…っ!起こせって子供じゃないんだから!」
「うるせぇよ騒ぐな本気で具合悪ぃんだよ。じゃあ腕貸せ」
珍しく自棄気味の俺を見て糞マネが溜め息を吐いた。
「はぁ…しょうがないなぁ…」
 そういって差し出された手を支えにしてなんとか体を起こす。糞!目の前がくらくらしやがる!癪だ!更に癪な事にこんなにも具合が悪い癖してコイツが作った粥が食いてぇときたもんだ。もうこりゃあ末期だ。いろんな意味で。ところが起き上がったはいいが口に運ぶ気力がまるで残ってねぇ。呆然と座り尽くす俺に見兼ねて姉崎が俺の目の前に粥を乗せたスプーンを持って来た。
「はい。あーん」
 何があーんだ、何が。だが今日の俺は俺であって俺じゃねぇ。スプーンを奪い取る気力は愚か言い返す気力もねぇ。しかも背に腹は代えられねぇ。もうありとあらゆるものをかなぐり捨てて、目の前の粥に噛り付いた。無理矢理もごもご噛みながら心なしかはにかんだ笑みを浮かべた女を睨みながら、悔しい事に美味かった粥と一緒に苦い気分を飲み込んだ。
糞、治ったら覚えてやがれ!




【看病ネタで甘いヒルまも】 ケイ様に捧げます