日常茶飯事

王城高校文化祭。

歩く男女、舞う落ち葉、賑わう露店並木。
喧騒に混じる女の声。
「キャー!ヒル魔君!雁屋が露店出してる!」
上がるテンション、漂う殺気、怯える通行人。
「うるせぇ!隣りで叫ぶんじゃねぇこの糞シュークリームかぶれめ!シュークリームに頭ぶつけて死んじまえ!」
「そんなんじゃ死にません!あ、でもシュークリームで窒息死だったらいいかもなぁ…」
「じゃあ死ね。今すぐ死ね」
「もう!なんでそんな事ばっかり言うかなぁ!あ!王城祭限定シューだって!」
すかさず耳栓。眉間に皺。
 なんでこの女はあんな糞みてぇな砂糖の塊でこんだけテンション上がるんだ?不可解だ。そして実に不愉快だ。しかもさっきっから擦れ違う糞野郎共がチラチラ振り返るわ隙有らば声かけようとか狙ってやがるわ、肝心の女がここまでだと一々威嚇して歩いてる俺が馬鹿みたいだ腹立たしい!しかもぜってぇ気付いてねぇぞこのアマ。大体何の目的でここに来てんのか!忘れてたら即殺すぞ糞女!
「おい糞マネ!」
「ふぁい?」
間抜けな返事。頬の中にはシュークリーム。輝く瞳。漂う香り。至極幸せそうな顔。口には幸せの残骸。
呼ぶんじゃなかったむしろ連れて来るんじゃなかったいや連れてこねえと作戦練れねぇでもなんだそうだこりゃ拷問だ顔見るだけで口の中が甘くなる様な顔してんじゃねぇよ!
それにしても!
「テメェいつの間にンなに買い込んでやがんだ!」
「ヒル魔君が飽きれてる間に買ってしまおうと…」
「そこまでして食いてえのかどんだけ食い意地張ってりゃ気ィ済むんだ!」
「もう!そこまで怒る事ないじゃない!」
「怒らねぇ理由がねぇだろうが!テメェここに何しに来てんのかわかってんのか!?」
「偵察でしょ!わかってるわよ!ホラ!」
頬の中にはシュークリーム。右手にビデオ。左手人差し指は真っ直ぐ前へ。ゆっくりその方向を眼で辿る。目の前に、グラウンド。闘う白き騎士達。
…いつの間にここに着いてたんだオイ。テメェビデオなんかいつ出してやがった!
頬張る女と惚けた男。
「目的忘れる訳ないじゃない!大事な試合なんだから!」
普段抜けてるくせに仕事はキッチリやりやがる。糞!口にクリームくっつけやがって!余計に腹が立つ!
「えーえーシュークリームにまみれながら足だけグラウンドに向けてたのはまー褒めてやるが、口のクリームどうにかしやがれ」
「え!?くっついてる!?ちょっとヤダ!」
ヤダじゃねぇだろ何を今更。
慌てて鏡を探る女。呆れる男。大きな溜め息。
「おら、こっち向け」
「えっ!?何!?」
天使の顔に残骸。悪魔の手にチリ紙。チリ紙が、そっと白い口許をなぞる。
「…これでいいだろ」
「う、あ、うん、あ、ありがと」
惚けた女。ニヤける男。
「おい、ぼーっとしてねぇでちゃんとデータ取れ」
「え?あっ!わっわかってるわよっ!」
おー顔赤くなってんぞー。不意打ちでやるとすぐ照れやがるから面白れぇ。散々振り回しやがった礼だ。有り難く受け取りやがれ。
「帰ったらビデオ編集、バリスタ対策、データ整理だ。今日中に終わらせろよ」
「今日…!?そんなの無理…!」
「誰もテメェだけでやれとは言ってねぇだろが。下手にいじられてクリームまみれにされちゃ困るからな。ケケケケケ」
「そんなことしません!」
王城高校文化祭。並ぶ男女、踊る落ち葉、歩み寄る距離。その喧騒は、止どまる事を知らず。
静かに、したたかに、前へ前へと並んで進む。





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