気になる

秋大会直前のアメフト部部室。
時計の針は20時を差そうとしていた。蛭魔は一人資料整理をすべく、右足は伸ばしたまま隣りのパイプ椅子の上に左手は机に肘を付き手のひらに頬を乗せて、パソコンを見据えている。自分以外誰もいなくなった部室に無機質なタイピング音と時計の音が混ざり合い、響く。その音にドアが開く音が混ざった。
「…なんだ糞マネ。忘れ物か?」
ケケケ、と口角をつり上げ笑いながらからかう様に先程帰ったはずのまもりにパソコンに目を向けたまま言葉を投げた。
「違います!包帯が切れてたから買いに行ってたの!」
「あ?なんで今買いに行く必要があんだよ。明日買いに行きゃあいいじゃねぇか。とっとと帰りやがれ」
そう言いながら蛭魔は訝しげにまもりを見た。すると、少し心配そうにまもりが口を開く。
「…足、見せて」
「あ?」
「右足、捻挫してるでしょ」
「…てめぇにゃ関係ねぇだろうが」
「関係あります!全くもう!こんな大事な時期に!」
なんで早く言わないかなぁ!
蛭魔が言うはずがないと解りきっていてもそう言わずにはおれなかった。
「パソコンいじりながらでいいから足貸して」
「…」
「わ、結構腫れてるじゃない!全くもう…」
「…てめぇ、いつから気付いてやがった?」
「え?」
練習始まってから終わるまでずっと見てたので捻挫したのも見てました。とは言えず。
「あ、あぁ練習終わった時にね、右足庇って歩いてる様に見えたから」
さも後で気付いたかの様に取り繕う。
「ほぉ。てっきり捻挫した所から見てたのかと思ったぜ」
どきり。
…この人は本当に気付いてて言ってるのかカマかけてるのかわからない。
「…私はずっと悪魔を観察してる程暇じゃないんです」
「あぁそうデスカ。糞つまみ食い風紀委員サマ」
「な…!それは今関係ないでしょ!」
まもりは口では抵抗しながらも動揺の色が隠せない顔を庇う様に、下を向いたまま蛭魔の足に包帯を器用に巻いていく。
「はい、出来ました」
使い終わった包帯を救急箱にしまいながらまもりが言う。
「…あぁ。じゃあ次はてめぇがこれでも貼っとけ」
そう言いながら蛭魔は左手で小さい箱をまもりに向かって放り投げた。
「えっ?ち、ちょっと急に投げないでよ!何これ!…え?絆創膏?なんで?」
しかもいつの間にこんなもの持ってたんだろう。
「左足の親指、靴擦れしてんだろ。大会近ぇってのに新品なんかおろしてんじゃねぇ」
< さすがにビビッた。
「…なんでわかったの?」
「今日だけ左足の重心だけ外側にかかってたからな。靴も新品でこけたわけでもねぇってんなら靴擦れ出来てて庇ってるって考えんのが普通だろ」
なんでそんな所見てるんですか。
喉まででかかった言葉を慌てて押し込める。
「…固まってねぇでとっとと貼りやがれ。貼り終わったら帰るぞ」
「……え?一緒に帰ってくれるの?」
「そうかそうか真っ暗な道でも平気でらっしゃいマシタカ、糞マネサマハ」
「………平気じゃないです一緒に帰らせて下さい」
…靴擦れはともかくまさか夜道が大の苦手ということまでバレているとは。
慌てて絆創膏を足に貼っていつの間にかパソコンを片付けてドアの前に立っている蛭魔に駆け寄る。
電気を消して外に出た。外気には、秋の色が滲んでいた。
……なんでそんなことまでわかってるんだろう?
並んで歩きながら顔に明らかに不思議そうな色を浮かべてこちらを見るまもりに心の中で呟く。もちろん表情など微塵も変えずに。

…一日中見てるので、動向を把握してました。なんて口が裂けても言わねぇぞ。