鎖と毒

「んっ…ふ…っ」
 重ねた唇から漏れる甘い息。髪に指を絡ませて、頭を更に強く押し付ける。絡まっている指がまるで自分に見えて、出かけた舌打ちを喉の奥に引っ込めた。空いている手をブラウスの下から身体に這わせてゆるりと上下に動かす。跳ねる身体と同時に響く小さな喘ぎ声。普段の小言など自然と聞き流すのが当たり前だっつーのに、情事の時だけは一言一句聞き逃さねぇ様に必死だった。糞。
 らしくねぇと我ながら思うものの、会えば会う程、抱けば抱く程、らしくもねぇ事を受け入れる様になっちまった。こうもたやすく相容れるものだったのか。唇の角度を変えて深く舌を入れる。舌を絡ませて絡ませて相手を探る様に。頭を抱えたまま押し倒して、髪に通した指を項に沿う様に徐々に下げてブラウスのボタンを外していく。唇は当然そのままだ。禁断の果実を貪って、果汁を吸い尽くす。糞女の腕が首に回されたのを合図に、背中に這わせた手で下着のフックを外して双丘を直接掴む。合わせた唇からやや高い喘ぎが漏れて、その声が頭に響いては俺の脳を麻痺させ、四肢の自由さえも奪って行く様な、そんな感覚に落とされる。
この時ばかりは欲を満たす存在が、アメフトから糞女に切り替わるのだ。

全く、どうしてくれる。

アメフト以外の事にこうも時間を割くなどと、今迄の俺ならば到底考えにも及ばない筈だった。本来ならたかが肉欲を満たす為だけならば一晩という膨大な時間を費やさずとも済むのだ。
だがそれも飽く迄、今迄の話でしかない。
 唇から白い項に舌を動かして、舐める。糞女が顎を上に向け眼をキツく閉じて、自らの手で口を抑えて漏れる声と快感に耐えているのを見て、嗜虐心がくすぐられる。双丘を揉む手を片手から両手に変えて、頂きを摘む。指の間から漏れた声が部屋に響いて必然的に室内を淫靡な空間に染め上げていく。耳元でわざと息がかかる様に囁く。
「声、出せよ」
「ふ…っ、だっ、て…っ恥ずかし…」
「今更だろうが」
耳朶を口に含んで、双丘を揉みしだく手を強くする。
さぁ、そろそろ墜ちてもいい頃だ。
 左手を、双丘から下へ。身体に沿わせて、禁忌へと。スカートの下から手を入れて、下着越しになぞる。小刻みに揺れる体を余所に、下着を剥いで、直に触れた。その途端びくり、と、一段と強く跳ねた。そこは既に甘美な蜜で濡れていた。愚か者を誘惑する甘い甘い毒の蜜。いつから俺は、コイツの虜になったのか。強い嫌悪を覚える甘さに、こうも魅了される様になったのはいつからだ?舌が脳が躰が毒の蜜の味を覚えちまってから、離れられずにいるこの体たらく。
「いつになく濡れてんのな」
「…!い、わないで…よ…!」
羞恥に顔を薄ら紅く染めた女の顔を見て僅かに緩んだ頬を抑える事もせず、蜜壺に指を誘う。指に熱と共に絡む、毒。
「ん…!」
片手から両手で口を抑える様になった女に苛立ちを感じて、無理矢理手を剥す。
「や…!ちょっ、と!ふ…っ!」
舌を這わせた耳朶を甘噛みしてやる。
「曝け出せ」
「…!んぁ…っ」
指を奥まで沈めてぐちゅぐちゅ音を立てては掻き出す。蜜が欲しくて欲しくて毒されたくて、誰にもやりたくなくて。
一種の、中毒症状。躰が渇望する。蜜を啜らせろと。
胸を弄んでいた右手を女の膝の下に入れて、持ち上げる。片足だけ上げさせた格好のまま、女の躰を味わう様に、上から順に舐め上げた。
耳、項、鎖骨、胸、腹。
舌が這う度に女が悶えて、それで満たされる独占欲。指を引き抜くと、ごぼりと音をたてて蜜が溢れた。蜜に浸って布きれと化したスカートを排除して、蜜壺に舌を這わせて掬い取る、禁断の蜜。甘い毒。
「ん!ヒ、ル魔、くん…!」
鼻にかかった声で俺を呼ぶ。そうだ、そうやって、俺の名を呼べ。上から降る一際強くなった喘ぎ声を聞きながら、貪欲に蜜を貪っては嚥下する。
堪らねぇ。
秘豆を指で嬲りながら舌を奥に差し入れて引っ掻き回す。物足りないと言わんばかりに毒を渇望するこの躰。女が浅ましく腰を僅かに動かし始めたのを境に、蜜を貪っていた唇を離して女に顔を寄せる。碧眼に籠った澱む熱。薄ら開いた唇。女の蜜でドロドロになった唇をべろりと舐めて、女に、言葉を落とす。
「テメェは麻薬だ」
熱に浮かされた顔で、何を言われたのかわからないという表情を作る。
「テメェの蜜は、俺を墜とす。地獄なんつう甘ぇもんじゃねぇ。二度と浮上できねぇ奈落の底だ。一度味を覚えちまえば、それで最後だ。強い依存性を持つ麻薬となんら大差ねぇ。禁断症状は、麻薬より酷ぇ」
唇に纏わりつく毒を指で掬い取って、女の眼前に。
「さぁ、罪人。テメェは、己の罪を自覚しろ」
 指を女の唇に押し付けた。女が、ぬるりと伸ばした舌で、蜜に塗れた俺の指を絡め取っては、熱い息を吐く。ぴちゃぴちゃと、卑猥な音を立てて取り憑かれた様に毒を啜る、女。俺の躰の中で、急速に毒が回っていくのが分かる。眼を細めて、その光景を傍観した。指を離せばぬらりと光る、銀の糸。運命の赤い糸、なんつうふざけたモンを考えたのは、どこの馬鹿だったか。そんな生易しいモンで繋がれた絆なら、とっくの昔に朽ち果てていただろうなと漠然と思った。ベルトに手をかけながら、銀の糸を手繰る様に舌で舐め取る。そのまま重なる唇。今度は女から舌を入れて、俺を翻弄した。いい加減腫れ上がった自身を秘所にあてがう。首に回されていた女の腕に力が入る。それを合図に、一気に奥まで押し込んだ。
「んんっ…!は…ぁ…っ」
瞬間、女が重ねた唇を離して衝撃に耐えようとのけ反った。それを逃がさない様に女の頭を抱え込んで、欲望を打ち付ける。不意に、俺の耳元にあった女の唇が、不器用に言葉を紡ぎ出した。
「貴方…は…私に、とって、鎖、なの、よ…離れる、事の、赦されない…鎖…っん…」
息の混ざった安い台詞に自然と眉間に皺が寄る。ぐちゃりと、更に奥に突き込む。
「んあぁっは…っぁ…でも、ね、その鎖は、すごく、脆いの、よ…逃げようと思えば、すぐ、逃げられる、くらいに」
そこで、はたと気付いた。
「でも、逃げようと、思わないのは…貴方が、甘い甘い、餌を、与えて、くれる、から」
『毒を持って毒を制す』
「だから、貴方、が、私に侵されて、いると、言ってくれるの、なら…んぁっあっ…やっぱり、逃げなくて、良かった、って、思う、の…っあぁ…!」
これ程言い得ている言葉もそうそうねぇな。
 最奥まで突けば、かぶりを振って涙を流しながら懇願する様に俺の髪を握った。自身をキツく締め上げられて体内の毒を吐く様に息を吐く。だがそんな事で抜けきる程甘ぇモンじゃねぇ。抜けきって欲しいなどとは微塵も思わねぇが。
俺が快楽と安堵をもたらす毒を、そう易々と棄てると思うか?それはテメェが、痛ぇ程理解してんだろうが。
さぁ、罪人(つみびと)達よ、神に懺悔せよ。
身を滅ぼす蜜に魅了された事を、自ら毒に沈んだ事を
神を侮蔑の眼差しで見て、悪魔と契りを交わした事を
神を信じた事など一度としてなかった事を
今一度、神に懺悔せよ。

今宵悪魔の膝元で。

さぁ、両手を広げて、共に闇に沈め。