序曲:平凡な日のプレリュード

 右手に大きな買い物袋、左手にお気に入りのハンドバッグを持ってレンガ敷きのモダンな商店街を歩いていた。空は適量の雲が空を覆い穏やかに晴れていて、暖かい日の光とまだ僅かに冷たい時折吹く風が春先が訪れた事を伝える。袋の中には奮発した赤ワインと、それを引き立てる様々な食材たち。
まだちょっと早いけど、卒業記念にこれくらいしてもいいよね。
そう心の中で言い訳をして、まもりは肩程で切り揃えた茶色を軽快に風に靡かせながらレンガを鳴らした。知らず知らずのうちに、笑顔が零れる。

 大学最後の春。卒業式までにまだ日は残っているけれど、卒業と同時に他人ではなくなるのだからその前に名前の卒業式したっていいじゃない。そう言えば、きっと貴方は呆れた様に笑うのだろうけれど。それでも文句は言ってもちゃんと付き合ってくれるから何も問題ないわよね。
 眉根を寄せて向かいに座る姿が目に浮かぶ。そうなのだ。卒業式を終えたその足で役所に届けを出せば、そのまま戸籍上正式な夫婦になる。不安はない訳じゃないけれど、貴方ならそんな暇さえ与えてくれなさそうだから。そう思うと嬉しくて嬉しくて居れなくなって、自然と家へ向かう足取りが軽くなるのだ。
きっと食べ切れない程作っちゃいそうな気がするから、今のうちからお腹空かせておこうかな。
喜々とした表情で空を仰いで、右手薬指を彩るリングを陽光に透かしながら帰路についた。


イラスト:against the wind ヤメピ様