幽囚の鵠 4

「……え…?」
通話口から聞こえてきたのは、誰の声でもない、持ち主のいない番号を知らせる機械的なアナウンスだった。蛭魔は、最初から電話を繋げる気などなかったのだ。嵌められた。いいように踊らされていただけだった。極度の緊張から解放されて体が弛緩する。膝から力が抜けて、必然的に宛がわれたそれが侵入してきた。もう、抗う体力も気力も残っていなかった。
「あ、ふ…、ぅ…っ…ひど、い…」
容赦なく侵入してくるそれを受け入れながら小さく声を上げたが、熱を帯びたそれは快楽から出た喘ぎと大差なかった。昏い笑みを浮かべたまま蛭魔は言う。
「これに懲りたら、行動を改めろ。万人に愛想振り撒くんじゃねぇ。大体」
体を突き上げながら、悪戯を思い付いた子供の様に呟く。
「テメェのその顔、糞害虫共に見せてやる訳がねぇ」
カツンと携帯が床を叩いた音がして、空いた左手で頬を包む。愛しい、憎ましい程に愛しいものだ。
「俺が、なんでテメェを縛り付けなかったのかわかるか」
沸き上がる慾望に負けて、狭い匣に押し込めてしまおうとさえ思った。
「本当ならな」
そう言いながら、どこからともなく取り出した破られた正方形のパッケージをまもりの眼前に突き付ける。
「こんなモン、しなくたっていいんだよ」
ゴクリと、まもりが生唾を飲んだ音が響く。大義名分でもいい。ただ、独占する理由さえあれば。だがそれは今のまもりは望まないことだ。悲嘆に暮れるところは見たくない、というのはエゴだろうか。
「俺を、本気にさせるな」
それはまるで懇願する様な声色だった。
 何度鳥の羽根をもいでしまおうと思ったか、何度花を手折ってしまおうと思ったか。だがそれをすれば、自由がなくなってしまう。すぐに萎びて枯れてしまう。彼が欲しかった彼女では無くなってしまう。その妖艶に色付いた唇に己のそれを重ねながら彼は思う。彼女が欲しいと思ったが、人形が欲しかった訳ではなかった。だから過剰に触れないようにしたし、多少の事なら目を瞑ったりした。なのに、彼女の天然さと鈍さが彼に鬼胎を抱かせた。それはどろりとした熔岩の様に肚の裡を焚いて、やがて溢れ出した。いよいよ彼の躰から滲みでて、彼女をも脅かそうとした。
彼女の体を掻き抱いて、熱の籠った息を吐き出しながら縋りつく。耳に届く快楽が滲んだ声を聞きながら、既のところで踏み留まった自分に安堵の溜め息を吐いた。
「ひる、ま、くん」
押し寄せてくる快感を往なしながら、穏やかに彼の名を呼ぶ。少し前までの恐怖と羞恥が消え失せて、彼の激情を受け止める。逆立った金髪を梳りながら、この悦楽に浸った。濁流の様な感情の波に襲われて、それなのにそれが心地よいと思ってしまった。それは彼の本心が垣間見えたからなのか、それとも彼女が堕ちてしまったからなのか。それならそれでも、いいとも思う。
「はぁ…ふ、ぅ…ぁ」
猛ったそれが、まもりの弱い所を擦って追い落としていく。激しく奥を突かれる度に収縮を繰り返して、荒くなる蛭魔の吐息が狂宴の終わりを告げる。
「…ゃあ…っ、ひる、ま、くん…!もぅ…!」
喉を反らせて眸に涙を溜めながら、ブレザーを突き破りそうな程爪を立てて止めを懇願する。
「……っ…!」
その白い頸に牙を突き立てて、低く呻きながら慾望を吐き出した。膜越しだったのに、まもりはそれに灼き尽くされる様な気がした。まるで、地獄の業火に灼かれた様な。
荒い呼吸を整えながら、頸に遺した痕を嘗めて、蛭魔は言う。
「このまま帰れると、思うなよ」
 これは、まもりがかつて思い描いていた甘くて穏やかな恋とはまるで違う、荒々しい感情と非常識に塗れた恋だった。それに慣らされてしまった今となれば、もうこの危険で甘美な刺激から逃れられない。それならば、どこまでも堕ちていこうじゃないか。蜘蛛の糸が届かないくらい、深い深い、地獄の底へ。
そう胸の裡で呟いて、溶ける様な笑みを浮かべて蛭魔の体に身を預けた。