理想と現実 後編

あぁきっと撮影が中止になったのも、週刊誌が放り出してあったのも、あんな事を言ったのも、全部計算の内だったんだろうな。
 深い口付けを交わしながら、まもりは思った。この人は無計画無利益な事は絶対にしない。行動の前に絶対に理由が付いて来る。きっとさっきの問答で一応誤解は解けてくれたのね、と胸の内で思いながら蛭魔の口付けを受けていた。もしまだ誤解されたままだったら、今頃こんな事にはなっていないだろう。
「ん…っ」
ちゅっと音を立てて蛭魔の舌が離れた。物足りないと主張する様に銀糸が互いを繋ぐ。僅かばかり朱が混じった頬を見、潤んだ碧を覗き込んで、蛭魔は、嗤った。
「随分浅ましいな、糞アイドル」
「っ…!」
頬を更に紅潮させて、俯いた。
「さて、自覚の足らねぇ糞アイドルには詫びをいれて貰わねぇとなぁ」
「え…?」
「赦してやるとは、まだ言ってねぇ」
碧が、惑いに揺れる。そうだ、仮に誤解は解けたとしても、まだ、赦されてはいなかった。滑った舌が、耳朶を嬲る。
「ひゃっ…!」

身を竦めて快感に耐える様に眼を瞑った。ワンピースの釦に指をかけて、手慣れた様子でするすると外していく。蛭魔の首に縋る様に腕を絡めて、囁いた。
「ごめんなさい…」
「はっ!口先だけなら何とでも言えるな」
 そのまま項に舌を這わせて指で体を這い回る。まるでそれは、蛇が獲物を絡めとる様に似て。次第に熱を帯びていく吐息を首に受け、蛭魔は襟首からはだけさせる様にまもりの背中に手を回してブラジャーのフックを外した。されるがままのまもりに満足したのか、這わせた右手をたわわに実った双丘に誘って、やや乱暴に掴む。
「痛っ…!」
 乱暴な愛撫に顔を顰めるも嫌がる様な素振りを見せる事もなく、只管にそれに受けていた。背中に回された手が臀部を撫でて、下着の上から秘裂をなぞる。胸は指の動きに沿う様に柔軟に形を変えた。その感触に食らいつきたい衝動に駆られて、項を這っていた舌を離し、胸の頂きに、貪りついた。
「んぁっ…!ふ…っ」
 突然襲った快楽に体を震わせて、下着を愛液でしとどに濡らす。蛭魔は胸に食らいついて、直接触れだした秘裂を弄びながら、内に渦巻く暗い独占欲に気が付いてこの場に縛り付けて二度と離れない様にしてしまえたらどんなに楽かと、思った。媒体に映っているのを見る度に、低劣な独占欲が湧き上がっていた事を知って、自嘲気味に舌打ちした。まもりをテーブルに凭れさせて空いた右手でネクタイを外す。ぐちゃぐちゃと音を立てて女を翻弄していた指を秘裂から引き抜いて、首に絡み付いていた女の両手を剥した。女は、おもちゃを取り上げられた子供の様な顔をして、蛭魔を見上げる。もうその碧に映るのは、情欲と、眼前に在る飢えた獣だけ。
「エロい女」
蛭魔はそれを至極満足そうな笑みを湛えて眺め見て、手早い動作でまもりを後ろ手に縛った。自らのネクタイで。
「な…なん、で…?」
突然の事に困惑するまもりを余所に、蛭魔はまもりを抱え上げてテーブルに上半身が乗った形で組み伏せた。
「テメェは俺のモンだっつう自覚が足んねぇ様だからなぁ。この際だ、躰に覚えさせてやる」
そう言って、蛭魔はその長い舌をチロチロと動かして、臀部から太股にかけてぬらりと舐め上げた。そのまま、秘裂を舌で弄ぶ。
「や…っ!あっは、ぁ…んっ…!」
 ビクリと体を震わせる度にテーブルが悲鳴を上げて、女の口から嬌声が漏れる。淫靡な水音が鼓膜を震わせて、女の羞恥心を煽り、男の嗜虐心を掻き立てた。こんこんと湧く泉の如く溢れ出た愛液は男女の足下を静かに濡らし、既に熟れた果 実の様に充血した淫芽を蛭魔は舌で味わいながら、ベルトに手をかけ自身を開放した。舌をうねる蛇の如く上へ上へと這わせて、その度に女の躰は絶命寸前の獲物の様に痙攣を起こした。自身を秘裂に擦り付けて、背中を支配する様に唇を寄せながら囁く。
「こんな格好でよくこれだけ濡らせるな」
「は…ん…い、言わない、で…」
ぐちゅぐちゅと音をわざと立てながら、尚も続ける。まるでうわ言の様に、どこか遠い所を見ている様な眼で。
「なぁ、スキャンダルついでに、このまま、俺のガキ孕んで引退するか?」
自分の背中で紡がれた男の本気とも冗談とも取れる露骨な発言に眼を見開いて、懺悔の念と快楽で綯い交ぜになった頭で必死に考えた。
「…貴方がそれでいいのなら、…わたし、も…」
女の答えはまた今回の様に苦しい目に遭うのは二度とごめんだと、脳が訴えた事がそのまま言霊となり、消えた。
「上等」
悦楽を内包した口調で言い放ち、鎖代わりのネクタイを掴んで一気に、最奥まで 自身を打ち付けた。
「あぁぁぁっ!」
 じゅぶじゅぶと只管に突き上げて、濁った独占欲が満たされる感覚を知る。まもりは悲鳴に近い嬌声を発しながら淫らに腰を動かし背をのけ反らせて、全身で蛭魔の欲望を受け止めた。その貌は涙と涎にまみれ、愛欲と快楽で恍惚に染まり、本能的な妖艶さを呈していて。蛭魔は動きを緩める事なく、まもりの顔を覗き込んだ。
「なんつー顔してやがる、この糞淫乱アイドル」
「は、あ、や、お…願い、いわ、ない、で…っんぁっあっあっ…!」
激しく揺さぶられながら一応主張を試みるも、声は掠れ躰は確実に快楽に蝕まれていて、必死に紡いだ言葉は喘ぎと同等の物にしかなりえず、宙に浮いて淫猥な空間の一部と成り果てた。
「後ろから、突かれるのが、そんなに、気持ちいい、か?」
馬の手綱でも引く様に縛った腕を掴んで尚も突き込む。
「締めるだけ、締め付けやがって…っ。ケケケッ、こんなの、テメェの、ファンが、見たら、一体ぇどんな顔、すんのか、見物だな?」
 くつくつとわざと耳元で嗤いながら、首に、肩口に、烙印を残して行く。敢えて隠すのが困難な場所に、無数に。そろそろお互いに限界が来つつあると悟って律動を更に速めれば、されるがままにされていた女が先に頂へと登りつめた。
「や、め…っあっんっも…だ、め…!あっ…――――――――!!!」
「っ!糞…!締め過ぎ…だ…!」
のけ反り髪を振り乱して最後の抵抗に臨むも本能に抗う術はなく、まもりは声にならない悲鳴を上げて、意識を手放した。
 そのまま中で果てた蛭魔は、まるで機能しない脳細胞を総動員して今後のプランを組み立てるのに必死だった。スキャンダルがガセだった以上潔白を証明する必要があるし、ゴシップをバラ撒いた件の糞カメラマンにも当然制裁を与えなければならない。むしろこうなった以上そんなものより何よりこいつの引退会見の方が先かも知れねぇなと、霞みかかった意識の中で、思った。
たかがゴシップ如きで容易く手放してたまるかと、ぐったりと閉じられた碧を覆う瞼にそっと口付けて、茶色の髪に顔を埋めた。