4.一緒にお風呂

 結局この日はスイーツがうめぇらしいイタ飯屋に行くことにした。正直俺にしてみれば甘臭ぇモンなんかそりゃあどうでもいい訳で、むしろ俺の前でンなモンを食うなと言ってやりたかったがあまりに幸せそうな顔して食うもんだから(しかも追加で頼みやがった)言うに言えなくなってしまった。糞。
 帰りは帰りで雁屋でシュークリームを買うとほざき、季節限定なんだからなくなる前に食べなきゃ!などと助手席で熱弁した挙句、車を店の前に停めさせて飛び出したと思ったら店の前でもたついたっきり何時まで経っても戻って来ねぇ。なんだあの糞女シュークリーム試食し過ぎて死にそうなのかと思っていた矢先、糞女専用ケータイが何故か徐に震えだした。しかも着信で。イライラしたまま電話に出た。
「何してやがりマスカ糞女」
「ちょっと来て!手伝って!」
そう言ってこっちを見ては手を振る。忙しなく。何を手伝えっつーんだ。
「何してやがんだ」
「いいから!早く来て!」
そのまま電話を切りやがった。何がいいから、だ!いくねぇよ!しょうがねぇから舌打ちをして乱暴にドアを閉めてズカズカと糞女に近寄る。それを見た瞬間何してやがると言う前に、開いた口が塞がらなくなった。
目の前に広がるシュークリームの箱の山。
糞デブさながらだ、この量は。
「持つの手伝って!」
あぁそうか。勢いに任せて買ったはいいが後先考えなかったせいで持ち切れねぇのかテメェシュークリームに頭ぶつけて一遍死んでこい。深々と、溜め息。
「……こんな甘臭ぇ毒物の塊を俺に抱えろと?」
持つという表現は正しくねぇな。この場合。
「もう!そういうこと言わないで!はい、こっち持って」
そう言ってありえなくでけぇ紙袋を持たされた。中身はシュークリーム9箱。糞女の手には1箱。計算おかしかないですか、糞奥様。
「なんでテメェが1箱で俺が9箱なんだ」
「私鍛えてないから力ないもの」
「軽いんだから力なんかいらねぇだろっつーか食い過ぎだ。太んぞ?」
「うるさいなぁ!太りません!美味しいんだからいいじゃない!」
 そう言って膨れる糞女。 頭は悪くねぇ筈なんだがシュークリームの事になると見境がなくなるのはどうにかなんねぇのか?あぁ甘臭ぇ、服に匂いが移りそうだ。ってか間違いなく車も甘ったるくなんな。脱臭剤でも買うか糞!そう眉間に皺を寄せて考えたところで、隣りの糞女のもうこれでもかってくらい幸せそうな顔を見ると何も言う気が起きず、苦虫を噛み潰したような気分になった。ほんともうどうにかしてくれ。
 そうして糖分が飽和状態になった車を走らせてマンションまで帰り着く。気分最高潮の身軽な女と機嫌大暴落のシュークリーム抱えた俺が並んで歩いているのを見て、奇妙な目で隣人が擦れ違う。 そりゃあここまで何から何まで両極端なコンビ見たら、見たくなくても目に入るだろう。どうしてくれる、糞女房。
「帰ったらまず風呂入るぞ」
「そうなの?ご飯食べたばっかりなのに」
満面の笑みでこっちを見るな!
「体が甘臭ぇんだよ、誰かさんのせいで」
「またそういうこと言うんだから」
「上がったらコーヒー入れろよ」
「はいはい、わかってます」
 口調からも喜々とした様子が見て取れる。はぁ、もう幸せそうなこって。なんでそんなウキウキできんだと、今日何度目とつかない溜め息を吐いた。帰ってから甘臭ぇ毒物を投げる様にテーブルに積み、リビングに上着やら鞄やらを放り投げて即風呂場に向かった。
で、今何してるかっつーと、糞奥様の頭なんか洗ってやってる訳だが。
「美味しかったねー」
わしゃわしゃと髪を洗う。
「それはスイーツがか」
鼻をくすぐるシトラスの香り。
「全部。もう、妖一は美味しくなかった訳?」
上を向かせて洗い流す。
「悪くはなかったな」
手にリンスを取って髪に馴染ませてやる。
「素直じゃないんだから」
口を尖らせて言う糞女の髪をもう一度洗い流して、軽く頭を叩いた。
「おら、洗い終わったぞ」
「んー」
 そう返事をして湯船に浸かった。俺も続けて浴槽に入る。結婚してからというもの決まって夜俺が家にいる時は一緒に風呂に入っていた。始めはコイツも照れていたものの、今となってはまるで違和感もなくこうしている。…正直自分が「違和感もなく」こうしてるっつー事実に薄ら寒ささえ感じたりする訳だが。糞女を後ろから抱える様にして抱き寄せて、洗いたてで水を十分に吸ったままの髪に顔を埋める。こうするのが好きだったりするが絶対言わねぇ。どれもこれも日課になっちまっているこの状態を他の連中に知られたらどうなることやらとうっすら考えてしまったあたり、世間体等まるで気にした事がなかった高校時分に比べてエラい軟弱になりやがったなと思って苦笑した。舌打ちじゃなくて苦笑いだぞ、苦笑い。世も末だ。
「で、明日はどこ行きてぇんだ」
敢えて相手の希望を聞くっつーのも昔じゃ考えられねぇ。
「あ、うんとね、スーパーは必ず行かなきゃいけないんだけど、ホームセンターも見たいなと思ってて。紅茶屋さんにも行きたいし」
「ホームセンターで何見んだ」
「文房具と観葉植物と熱帯魚」
脈絡がねぇな。随分。
「文房具はともかく観葉植物と熱帯魚は別にいらねぇだろ」
そう言うと糞女がゆっくりと上を向く。
「目の保養になるでしょ。毎日眩しい頭見てる訳だし」
「眩しくて悪かったな」
一瞬、碧い眼が揺れた。この女は寂しい、とは絶対に口に出さない。額に軽く口付ける。
「わかったわかった、行ってやるから寝坊するなよ」
「そのセリフそのままお返しします」
そう言って笑った。こんな時間が全く嫌だと感じなくなったのは、平穏が俺を浸食したせいか。
「あ、後ね、テレビでやってたケーキ屋さんに行きたいんだけど」
前言撤回。間違いねぇ、俺は糖分に毒されてんだ。食い過ぎなんだよ糞馬鹿女!二の句が告げなくなって、栗毛に顔を突っ伏した。