2.昼休みには毎日メール

PM12:10。昼休み。俺の勤務先俺の部署、俺のデスク。
膝の上には愛妻弁当。机の上には左から、一段落ついた書類、開いたままの携帯電話。メール画面を立ち上げたパソコン、MOとROMの山、ミネラルウォーター。
メールに必要なデータを添付して即Enter。送信出来たのを確認して膝の上の黒い風呂敷に視線を落とす。初めは邪魔くせぇと思ってたコイツも回数を重ねるごとに知らず知らず楽しみになっていた事に気がついて人知れず舌打ちした。
あぁ、いつからこんなに甘くなったんだ、俺は。
 眉間に皺を寄せつつ黒い風呂敷を開け弁当箱の中身を拝見する。今朝揚げた昨日のうちに下味を付けていたらしい唐揚げを口に放り込んだ直後、携帯がブーブーいいながらメール受信を告げる。 相変わらず無駄に返信早ぇな。唐揚げを噛み締めながらメールを開く。送信相手は見なくてもわかる。さっき俺がメールを送った相手だ。

『ちょっと!いつになく量が多いじゃない!』

送りつけたのはアメフトのデータ。敵データからフォーメーションからその他諸々。

『テメェの仕事だろうが、糞マネ』

左で返信右で箸。

『もうマネージャーじゃありません!』

唐揚げをもう一つ放り込む。

『似た様なモンだろが。何の為にプリントアウトの仕方教えてやったと思ってんだ?』

 アイツは根っからのアナログ人間だ。データをパソコンで処理しろと言ったら最後、下手をすれば夜が明けても終わらねえかもしれねえ。それでも終わればいい方だ。正直アナログでやらせた方が断然早いし精確だ。アイツに限って言えばだが。

『わかってるわよ!』

梅ゆかりがかかった飯に箸をつける。律義なこって弁当に白飯だけ入ってる事はほとんどない。絶対ふりかけ。しかも日替わり。

『来週の日曜の試合に必要なデータだ。まとまらなきゃ来週の練習に差し支える。明日出かけたかったら今日中に終わらせろよ』

ミネラルウォーターに手を伸ばす。

『明日出かけたいってよく分かったわねって今日中!?無茶言わないでよ!私だって暇じゃないのよ!』

テメェの考えてる事なんざ手に取る様にわかってんだよ。まぁそりゃ毎日家中掃除して毎日買い物行って毎日豪勢な夕飯作ってりゃ時間もなくなんだろ。んなこたわかってんだよ。

『夕飯は作らなくていい』

そう送ってサラダを摘む。卵焼きを口に放る。


…返信こねぇな。
あ、理由言ってねぇや。

『帰ったら外に飯食いに行くぞ。だからテメェがやる事はデータ整理と化粧だけでいい』

これでよし。残りの飯を平らげる。あぁいつから俺はこんなにオヤサシクなったんだか。

『何食べに行く?』

おぉ返信早ぇ早ぇ。しかもこの一言だけかよ。さすが元つまみ食い風紀委員。

『食い意地だけは相変わらず張ってらっしゃいマスネ。とにかくデータまとめとけよ。あと化粧はしとけよ、人死にが出る』

送信。
そういやあ今までの俺はこんなに長いメールをケータイで打ってたか?思えば結婚してからか?…糞、毎日甘ぇもんと暮らしてるとこんなにも甘ったるくなりやがるのか。堪らず舌打ち。震えるケータイ。
但し、今度は着信。
オイオイ今職場にいんだぞ状況考えろ電話かけてくんなよ糞馬鹿女まぁ会社にかけてこねぇだけまだマシかってそんな問題じゃねぇよ!
…原因は俺か。仕方がねぇから出てやった。
「…カイシャニイルンデスケド?」
『知ってます』
「じゃあかけてくんじゃねぇ糞女」
『昼休みまだ終わってないでしょ』
…時間把握してやがんのか。
『それよりも!』
ほーらきた。
『人死にってどういうこと!?』
「そういうこと」
『なっ…!失礼極まりないわね!相変わらず!』
「お褒めに与かり光栄デス」
『褒めてないわよ!』
「そらそーだ。んなことより早ぇとこデータまとめて化粧して何食いてぇのか考えとけよ。じゃあな」
『ち、ちょっ…』プツッツーツーツー…
強制終了。ったく元気のいいこって。そろそろ昼休みも終わるな。弁当箱をまた風呂敷に包み、ケータイと一緒に鞄に放り込む。今日は早く帰らねえとアイツ拗ねやがるからな。と、ここで、毎日昼休みのアイツとのメールが俺の日課になっていた事にはたと気付いた。

…糞!