5.滲むような淡い憧れ
「はい、アヤちゃん目つぶって上向いてー」
「んー」
今日は一週間に3回ある、ママとお風呂の日。明日は週に一回のパパとお風呂の日で、残りの日は妖くんと一緒。上からあったかいシャワーと一緒に泡が見る見る下に流れていく。
「はいできた」
「ありがとー」
お礼はきちんとして、顔にたくさんついたお湯を手で拭う。手も濡れてるからあんまり意味はないんだけど。それから湯船に飛び込んで、首まで浸かった。
「あらら、首まで浸かると上せちゃうわよ」
そう言いながらママもお風呂に入って、両脇を優しく抱えて膝の上に乗せてくれた。お陰で肩がちょうど湯船から顔を出す高さになる。パパの膝は固いけど、ママの膝はすごく柔らかくて、眠たくなるくらい心地がいい。
「3年生になったら毎日一人で入れるようになるといいね」
「うーん」
ちょっと曖昧な返事をしてみた。だってママとお風呂に入るの好きなんだもん。だから、大きくなるのがちょっと嫌になった。いずれは親離れしなくちゃいけないものなんだもの。少し目を上にやると、ママの長い睫毛が目に入る。更に視線をずらすとすっと通った鼻筋にぶつかって、柔らかい唇に当たる。そこからいつも、流れ出る様なあの声が出るんだな。どうやったらママみたいになれるんだろう?もし聞いてみたりしたら、それは意地悪な質問なのかしら。
「うん?どうしたの?」
突然ぱちりとママの碧い目がこちらを向いて、びっくりして何度か瞬いた。
「う、あ、あのね」
言うのに少し躊躇って、それでも素直に質問することに決めた。きっと聞いてもいつもの笑顔で何か答えてくれるから。だってママはすごくそうめいな人だもの。そうめいってどういう字だっけ。まぁいいや。
「どうしたらママみたいな人になれるの?」
そう聞いてみればきょとんとした顔をして、固まっちゃった。目はいつにも増して大きい。しばらくそのままで、それからふわりといつもの笑顔に戻った。よかった、ちょっとドキドキしちゃった。くすりと笑ってママが言う。
「ふふ、アヤちゃんはママみたいになりたいの?」
「うん」
どうしたらそんな風に笑えるんだろう。近いんだけど遠い様な、そんな存在がとても眩しい。
「じゃあまずは好き嫌いしない事」
「うん。あ、ピーマンも?」
「できれば食べて欲しいなぁ。ママは食べれるわよ?ピーマン」
「うー…」
苦くなければ問題ないんだけどな。
「それから甘い物は大事にすること」
「うん。それは大丈夫」
ママも私も雁屋のシュークリームが大好きだ。
「それから、ね」
そう続けて、少し顔を上に向けた。碧い眼が蛍光灯を受けたせいかいつもよりキラキラ光って綺麗だった。あ、綺麗っていう字は書けるんだ。
ほんの少しの間を置いて、私の眼を覗き込みながら囁く様にママが言った。
「刺激的な恋をすること、かしらね」
「しげきてきなこい?」
多分辛いとかそういう意味ではないと思う。
「そう。あ、でもパパみたいな人は駄目よ、刺激的どころの騒ぎじゃないから」
「ふーん?」
確かに銃を振り回してるのはうちのパパくらいだけど。そう話したママの笑顔は、いつもの笑顔とちょっと違った。多分どうしんにかえったような顔って言うんだ。
「さてと、そろそろ出よっか。パパと妖くんが待ちくたびれちゃう」
「はーい」
そうお返事してお風呂から出た。ざばぁっと湯船から上がってお風呂場のドアを開けると、外の空気と混ざって湯気が洗面所に立ち込める。覆う湯気の向こうにいても綺麗に映えるママを見て、ちょっとパパが羨ましくなった。