嵐のあとは

Seen6.5 蛭魔夫妻撤退後の会場

 銃弾の嵐が吹き荒れて悪魔の夫婦が帰った後、会場は落ち着きを取り戻していた。あの男連中は従業員も含めた会場の白い眼差しに耐えられなくなったらしく、そそくさと姿を消していた。悪魔のお陰でまもと話もできたし、大立ち回りも見られたからドタバタしたけれどそれなりに満足していた。まさか悪魔に感謝する日が来ようとは。今はアコとアメフト部の面々とテーブルを囲んでいる。

「…思った通りの展開になったわね」
「あぁ、まさかここまで期待通りになるとは思わなかったがな」

ウィスキーを飲みながら、ムサシ君が笑いを噛み殺して言う。

「5年前までアレが日常だったんだからすごいよね」

雪光君が苦笑しながら床に残る銃痕を眺めていた。

「よく生きてたと思うわ」
「ほーんと、栗田君達もよくあんなのとずっと同じ部活でいられたわね」

アコとうんうん頷きながら素朴な疑問をぶつけてみる。するとパスタを飲み込んでから栗田君は答えた。

「うーん、部活だけだったらあそこまで立ち回ることはなかったかも」
「そうなの?」
「うん、どちらかと言えば姉崎さんが絡んだ時くらいかな。だよね?」
「あぁそうだな。アメフト絡みでもあんなに露骨に脅迫手帳駆使してなかった気はする」

知らない間に使ってたことはよくあったらしいけど、深く突っ込まないことにした。ナッツを摘まみながら雪光君が言う。

「確かにあんなに大っぴらに証拠出すこともなかったね」
「…あの悪魔も、まも相手じゃ骨抜きにされるのかしら」
「まぁ…公衆の面前であつーいキスしてたくらいだし…」

そう言いながら、その光景を思い出してつい顔が熱くなった。これはワインのせいだけじゃないと思う。

「あの後のまも、顔真っ赤だったもんね」
「しばらく何言ってるかわからなかったよね」
「反対にヒル魔は不機嫌だったがな」
「うーん、あれだけ自分の妻に群がってたら…」
「ちょっとヒル魔に同情しちゃうかな」

微笑と苦笑が混ざったような空気が場を包む。あの悪魔の話で笑いが混じるなんて、当時じゃ到底考えられないことだった。そうだ、考えられないと言えば。

「まも、結局ヒル魔が来てからほぼしがみついてたよね」
「そうだよね。高校までじゃ考えられなかったかも」
「どういうこと?」
「まもって頑固だし意地でも自分でやってたから、しがみついてまで誰かに頼るなんてゴキブリ出たとき以外見たことなかったもの」

 頭が良くて面倒見も良くて、昔から常に頼られることばっかりだったのかもしれない。そして私も、その居心地のよさに寄りかかっていたのもまた事実なのだ。その事に気が付いたのは高校生活も半ばが過ぎた頃だった。その時に漠然と、まもが自然と甘えられるような包容力がある人が現れたらいいのになと思ったのを思い出した。実際は、包容力なんて優しい言葉で表現できる人じゃなかったけれど。 あのまま誰かに頼る方法を知らないままきていたとしたら、あのどこか嬉しそうな笑顔も、顔を真っ赤にして照れた顔も見られなかったかもしれない。

「それを言うならヒル魔も…」
「あぁ、大概だったな」
「素直に頼られることも頼ることもなかった気がするね」
「じゃあなんだかんだ言って…」
「似た者同士ってことね」

すごいところに着地したわ、と思いながら会話を楽しんでいると、どこにいたかわからなかった司会がお開きを告げる挨拶をしていた。今日のこの感じだと、今後の同窓会にあの二人は来ないかもしれない。
だから。

「ねぇ、せっかくだから今度あの二人も入れてこの面子で同窓会しない?幹事はやるわ。アコが」
「え!?私!?」
「アコそういうの上手じゃない。大丈夫、私も手伝うから。それだったらあの二人も来てくれそうだし」

男が群がって来ることもないし。

雪光君が顔を綻ばせる。

「うん、良いと思うよ。結局ヒル魔君とはほとんど話せなかったし…」
「確かにこういう場には二度と連れて来なさそうだしな、いいんじゃないか」
「わー!いいね!楽しみにしてる!」

 一同でワイワイ盛り上がりながら、栗田君がいるから食べ放題の方がいいかしら、と頭の片隅で考えた。そうこうしている内に、一人、また一人と会場を後にする。その流れに乗ってアコが声をかけて、みんなと挨拶を交わした後二人で会場を出た。ひんやりした風がお酒で火照った頬を程よく冷やす。ポツリとアコが呟いた。

「はー、いいなぁー」
「何が?」
「まもよ、まも!あんな派手に守ってくれる旦那なんて羨ましい!」
「派手なのはあの悪魔だから…」
「そうだけど!でもあんなに当て付けちゃうくらい仲良かったら悪魔でもなんでもいいなぁー」
「そういうものなの?」
「そういうものなの!」

要は羨ましくなったから彼氏か旦那が欲しい、といったところだろうか。

「ねぇアコ」
「ん?」
「街コン行く?二人一組なんだけど」
「…行く」

アコの気持ちもわからないでもなかったから、取りあえず悪魔的じゃない出会いを探して一歩踏み出してみることにした。なんとなく足取りは軽かった。




【同窓会話の蛭魔夫妻退出後のお話】 桜乃様に捧げます。